吾妻愁流の
とぼとぼ・・・

                             with you,with me・・・


2009年 2月7日(土)
    情熱って?!
     最近なんか心が乾いている、なぜなんだろう?!落ち着かない日々。テレビでは不景気な
    話ばっかりでうんざり、不安が不安を煽り立てる。生きがいや夢や・・・情熱やらはどこへ
    行ってしまったんだ。こんな時代は社会よりも自分を変えてしまうことなのかな?
    でも、どんな自分に?・・・じっとしていても不安になるだけ、人生の基本、遊びに夢中、
    真剣に遊ぼう!恋なんかもしちゃおう!え〜い外国なんかにも行っちゃおう!
    生活範囲を広げよう!世間体!あほじゃない!こんな時代に!・・・先が見えない時代に
    残されたもの・・・今を楽しむ、それもとびっきりに!!!情熱?!そこから生まれてくる
    んじゃないかなぁ〜 要するに「やったモン勝ちの時代」・・・
2008年 9月24日(水)
                   全て原因がある・・・
 行き詰まり、立ち往生!何かが狂い始めたらどんどん転がるように悪いほうに行ってしまう。
そんな時はとにかく視線を上げて、視線が低くなっているんだよ。冷静に原因を探ろう!
生活の環境も出来ることなら変えてみよう、出来る範囲で。少しずつ見えてくるだろう歪が、
置かれた状況が。きっとリセットできるはず!!

穏やかな日差し
 ほんのりと幸せを感じる!ほら、蝶がひらひら。ほら、ハチが花にしがみついて蜜を吸っている。
風はそそよと見えないカーテンのよう・・・む〜ほんのり幸せを感じる・・・
君は結婚した、一番幸せになってほしい人!

                   無心
                    今一番自分がなりたいこと、今一番あこがれていること、正直に、真正面から自分を見つめ
                   生きているあの人のように・・・無心になりたい・・・

                   帽子を買ったんだ、リサイクル屋さんでね、西ドイツ製。それに合わせるように古着屋さんで
                   シャツも買ったんだよね。よく見たら女性用・・・まぁ、いいかぁ!

2007年 9月30日(日)
    こんなはずでは・・・でも自然の流れ
     慎重なことはいいことなのかあしかせなことか、行動的なことはいいことなのか勇み足なことか、
    間を取って行動的だけど慎重派ってところかな。慎重になりすぎていると実行のタイミングが遅れて
    しまいテンションも下がってしまう。結局あまり芳しくない結果を招いてしまう。
    ・・・生きているって「やって何ぼのもん」・・・
    そんな気がする、失敗なんて思わないでアクセントぐらいでいいんじゃない!?
2007年 9月29日(土)
    魂をもっともっと燃やせ!
     世の中が狂ってしまっている、犯罪もえげつなくなっている、政治も末期的症状。こんな時代は魂を
    もっともっと燃やせ!原点に返ることだ、倫理やイデオロギーなんかより本当の自分に正直になって
    魂を燃やせ、燃え尽きてしまえ、思うがままに・・・
2007年 9月22日(土)
    愛にこだわって生きよう
     何かにつけ今のことや身の周りに気をとられて愛することや、愛されていることに気づかずに
    生きていることが多い気がする。恋することや愛することが最優先にして生きていることは素敵なこと
    ではないですか。愛する人を求め、愛されていることに感謝しながら日々を生きていたいですね。
    ・・・私を愛していてくれる人たちよありがとう・・・もうすぐ秋風が吹く、人恋しい季節が来る!!
2007年 9月19日(水)
    生きがいって見つけるもの、見つけなくてはならないもの
     こんなに物が豊かになりそして便利になったのに、自殺者がとても多くなったのはなぜなのだろう。
   情報が多くなるということは良い面もあるが何か夢を奪ってしまうような気がする。あまりに多くなり
   心の整理ができなくなっているのでは、つまり自分をゆっくり見つめることが難しく、周りにコントロール
   されすぎているのではないか。時代に逆らう強さも必要なのかもね、とは言うものの人は社会的な生き物
   なのでとても難しい。若者がニートになったりフリーターになったりするのはわかるような気がする。
   ・・・え〜い、こうなったら遊ぼう、遊んじゃおう・・・とにかく自分らしく生きよう、そう自分らしく頑固に生きて
   いこう、時代に流されない強さが今は自分を守ることかもしれないネ・・・
2006年 8月4日(金)
    やっと前向きで明るい自分になれて来ました。もともと落ち込んでもすぐに立ち上がる母親譲りの
   楽天家なんだなぁ〜って思ってしまいました。今回は少し時間がかかったようだけど、こんな性格が
   いろんな人に重宝がられているような気がします。
    暑い真昼にタイ料理店までふらふら歩いていった。あのカレーが食べたくて、あのタイから来た
   おばさんの笑顔が見たくて。狭い店の中にテーブルが4台。今日は運良く座れた。昨夜は暑くて眠れな
   かったので、料理が出てくるまで転寝。いつも料理が出てくるのが遅い、それがまたいいんだよね。
   の〜んびり、そうの〜んびり。おばさんが「はい、おまちどうさま。」笑顔を見せて立ち去っていった。
   隣のテーブルのおじさんたちは、なにやらこの炎天下の中で高いところで電気工事をやっているらしい。
   汗をいっぱいかいて辛いグリーンカレーを食べている。おばさんは時々やってきては冷たいおしぼりを
   笑顔で渡す。そんなおばさんにおじさんたちはちょっと満足顔。「午後も頑張ってね。」
   なんか気持ちがふ〜んわり・・・
2006年 7月28日(金)
    あまりにも自由にあこがれていた自分が、今あまりにも手かせ足かせで自由にあこがれ空を見上げる。
   転ぶことの怖さより失うことの怖さを身をもって知った。今なら間に合うかもしれない、いや、そんな悠長な
   ことは言っていられない。愛する人がいることへの感謝。当たり前と思っていたことが、ある日突然
   とてつもなく大きな優しさに思えてくる。それなりに幸せでそれなりに前向きでそれなりにいいと思っていた
   生活が、無機質な毎日に変わってしまった。怯えた目で見えたものは全て物言わぬ生き物ばかり・・・
   そんな今の自分に優しく声をかけてくれた友よありがとう。朝まで付き合ってくれてありがとう。
   カーテンの隙間から光が差し込み僕を現実に誘い込む・・・今日からはきっと・・・
2006年 7月11日(火)
    何にも知らないで生きるか、もっともっと知ろうとして生きるか、どっちが幸せなんだろう。
   今私は何にも知らないで生きることを選びたいなぁって思っている。知りたいことは人の好奇心、向上心
   意外に不安から知りたいってこともある。今の自分を変えることより今の自分に正直に生きてみたい。
   正直さから離れてしまう時がないように。
    会って良かったと思う人が多かった、その人たちに囲まれて幸せだった。会わなければ良かったと
   思う時もある、でもその人が一番自分の中の弱さや至らなさを教えてくれる。でもとっても辛い、
   歯がゆい、悲しい、悔しい・・・でも乗り越えていくよ、そして自分の心の中に宝物を一つ増やし、
   あ〜あ会って良かった思えるようにね。あ、そうそう突然の君からの電話うれしかった、今の自分には
   慰めの言葉より明るく「元気にしてる」って声をかけてくれるのが何より・・・

2006年 6月25日(日)
    @ さぁ、歩き出そう
       久しぶりの日記です。何で書かなかったのかって!無気力!自分を変えるなんてできないよな
       って弱気になっていたかもしれない。また、歩き出そうと思う、そして今度こそは強い自分に
       なりたいから・・・人を信じる前に自分を信じること・・・分かっているつもりなんだけど
       ・・・怯えてばかり、転ぶことを恐れない大切さを失うと小さくなっていく、すごい勢いで・・・
    @ 情熱
       福島で高校生の時以来のライブをやった。たくさんの人が来られて、とてもうれしかった。
       思えばあの時(高校生の時)とちっとも自分の中の情熱が変わらない、いやむしろ強くなっている。
       思いを詞に託し、感情の起伏をメロディーにのせ、それでも零れ落ちてしまう気持ち・・・
    @ 本当の何か
       本当の優しさ・・・相手に正直であること
       本当の優しさ・・・利害関係を作らないこと
       本当の優しさ・・・自分の考えを押し付けないこと
       本当の優しさ・・・真剣に聴いてあげること
       本当の優しさ・・・気にかけること
       本当の優しさ・・・本当の優しさ・・・本当の優しさ・・・
                     ・・・とりあえず風邪ひきそうだからおまえに毛布をかけてあげよう・・・

2006年 2月 6日(月)
    呆れた話さ、助走もしまいで飛ぶなんて!呆れた話さ、見てもいないのにそれは興味あることだねって!
   いいかげんにしろ、そんなに甘くはないんだ!!自分を振り返らず他人ばかり責めている奴、腹の中
   真っ黒いのにきれいごとばかり並べている奴、愛想笑いしては自分のやましさを隠してこびへつらっている
   奴、いいかげん目を覚ませ!!
    窓越しに遠くを見つめて日向ぼっこしているネコ。何が見えるんだい、春が待ち遠しいかい・・・
   やがて、まるくなって手で顔を隠して寝てしまった。ぼくも大きくあくびをしてしまった・・・

2006年 1月 30日(月)
    ちょっとしたことで生活が大きく変わってしまう。変わることより変えていくことが大切とは思って
   いるのだが、今流行りの「想定外」が多くて、変わらないことを望むようになったら人生は、ローに
   ギアが入っている証。上手く行っていないときでも、上手く行っている時でも、自分らしさを失わない
   ことだよね。走って疲れたら歩けばいい、歩いて疲れたら休めばいい、ただそれだけのこと。
   生きることに、生きていることに力なんて入れちゃダメなんだと思う。
    異常な早さで情報社会が高まっていく、世の中の価値観がどんどん変わっていく。子供達もゆったりと
   夢を思い描くことができない。大人達もなかなか休めない。人の心はその早さにはついてゆけない。
   何かを、誰かを愛するにはゆったりした時間が必要!今、時代に逆流する勇気が一番大切なのかも。
   もっともっとペースを落として!もっともっと愛して、もっともっと愛を感じて!もっともっと時代に
   謙虚に!そして、原点をみつめて!

2005年 12月 5日(月)
Walk 1
 考えすぎないこと、そんなに当たっていないんだから。考えていることが、ともすると自分の狭い
世界の偏見に陥っていたりするから。嫌なこと言われた時なんか特に気をつけなければならない。
案外、もう一度会ってそのことに触れたりすると「な〜んだ」なんて思ってしまうことが多かった
りする。思い切って言ってしまえばいいんだよね、「どう意味で言ったの?」ってね。
失う悲しみに比べたら小さな勇気さ。

Walk 2
 傷つけることは簡単なこと、傷ついても相手を傷つけないようにと思うことがどれだけ尊いことか。
きっとその向こうに求めているものがあるんだと思う、人間としてね!

Walk 3
 動くことが大切、いい事も悪いことも動く。でも生きているんだなあって思う。去年知らなかった
人と今年はたくさん知り合えた。そして、共に笑いあった、喜びあった数が増えた。
そして来年も・・・きっと、あなたと知り合えるはず!


2005年 12月 2日(金)
 簡単に気を配れって言われたって、下手すぎてぎこちなくて終いには人間関係に影響が出てしまい
そうになったりするんだよね。とってもうまい人を見ると腹が立つやらうらやましいやら。何年
たってもこれだけは上達しないと思っていたら、まったくマイペースで周りに気を配っている風でも
なく、淡々としている男に出会った。何だかすごく引き込まれていくんだよね。この男には簡単な
挨拶以外は何もない、おまけにどんな人にも垣根もない。とってもストレートで暖かい。その夜は
すごく救われた気がして腹のそこから笑い、夜が更けるのも忘れて大盛り上がり。
ありがとう!救世主!!

2005年 10月 19日(水)
 社会にこれから何ができるんだろうと考えている。何かの歯車の一部になりたいと思っているんだ
が、なかなか見つからない。何も見えないくらい夢中になれて、仲間がいて、大きくなくてもいいから
ささやかなありふれた喜びでいい。利害関係の無い、素朴で、純粋で正直な笑顔の中にいたい。
 あなたは美しいと思った。一点の私欲も無く語りかけてくるあなたに心がひかれる、あこがれる。
何の迷いも無いあなたから優しさと強い信念が伝わってくる。あなたになりたい。どうすればいいん
だろう、どうすればなれるんだろう。人があるべき理想、生き方・・・
 それは、つまり・・・

2005年 10月 3日(月)
 2年前のことだけど、福島のフルーツラインで桃を食べた時にそこのお店のおばさんと色々とお話し
していて歌うことになって「時の流れの中で」という歌を歌ったらすごく感動してくださって、「実は」
と、しみじみお話を始められたのです。
 「・・・私の息子に彼女がいて、いっしょに仕事をしていたこともあってね、とても可愛いい素直な子
でした。私の息子が突然東京に行って音楽活動をしたいと言い出したんですよ。そして彼女を残して行って
しまったんですよ。彼女はとても淋しかったんですよね。帰りを待っていたんですが、息子は帰らないと
言ってね。彼女はずっと一人ぼっちでしたが、やがて彼氏ができてね。その彼氏と会津にドライブに行って、
その帰りに事故にあって無くなってしまったのですよ。ちょうど息子が東京から帰って来ていて、
その知らせを聞いて病院に駆けつけて行ったのですが、変わり果てた彼女を見てあたりを気にせず号泣
したんですよね。「俺が東京に行かなかったら彼女は死なせずに済んだ。」って泣き崩れましてね。
息子は毎年彼女のお墓参りをしています。・・・」
 僕はしばらく落ち込んでしまいました。東京に帰ってからもこのことが頭から離れませんでした。ギターを
弾いていたらメロディーが浮かび上がってきて、そこに言葉がのってきて、知らずに涙が流れました。
歌の形が出来上がりましたが、おばさんの前で歌って良いものかと彼に訊いたらまた落ち込んでしまうの
では・・・と迷っていたら自分なりに答えが出てきたのです。この歌を歌うたびにきっと、彼氏も彼女も一緒に
いることができるってね。今もう一度この歌を歌おうと決めました。福島に行ったらおばさんと息子さんに
聴いてもらおうと思っています。でも、まだためらいと不安はあります。

2005年 10月 1日(土)
 それぞれの道、それぞれの生き方。満足していますか自分の生き方に?僕の部屋から見える木々達は
風の流れる方に強い日は強く、弱い日は弱く嵐の日はそれらしく何にも逆らうことなく揺れています。
春には幹や枝に小さな芽をいくつも付けて、空に向かって少しづつ伸びています。その場所から一度も
動くことなく、それぞれの木は空だけを見つめています。毎年毎年4回衣替えしてね。何羽もの鳥達を
毎日抱いて、夏には蝉達に鳴き場所を提供する。間違ってさえいなければ、慌てることは何も無いんだ
よと教えてくれている。そして、もっと自分に正直になりなさいってね。
 今日は、秋晴れ!葉っぱが青空の中を気持ち良さそうに泳いでいる。

2005年 8月 2日(火)
                 時はすべての人を平等に押し流していく。時々人は立ち戻って残骸を探そうとする。
                キラキラ光るもの、悪臭の漂っているもの、微笑ましいもの、じーんと胸が熱くなるもの、そして
                命より大切にしていたもの・・・未来の原点に立って何を思う!
                 どんな音楽を聴いているんですかと聞かれていつも困ってしまう。実はあまり聴かないからなんだ。
                人が作った音楽より、自然の奏でる音楽の方がはるかに癒されるから。
                今日も朝早く起きて、バスデッキでのんびりしていた。下田のマンションのデッキは地下1階(駐車場)
                地上3階で僕は2階なんだ。ちょうど後ろの森の木の生えぎわがデッキの高さと同じぐらいなんだ。
                今朝は曇り空、しばらくしたら雨が降ってきた。最初はやさしく葉をたたいていた。しだいに、クレッシェンド。
                強い雨は葉を縦に大きく揺らす。しだいに、デクレッシェンド。空の雨雲が演奏者。蝉は雨宿りしながら
                力を振り絞って鳴いている。さっきまで、楽しそうに舞っていた蝶々は何処へ行ってしまったのだろう。
                素晴らしい華麗なダンサーだった。風、雷、潮騒、鳥、虫・・・耳と心を澄ましてごらん。
                 僕は新しいメロディーの詩を考えている。

2005年 7月6日(水)
                   久しぶりの日記。明らかに日記ではない。今、茨城県の神栖にいる。外は雨。バーミヤンの
駐車場に車を止め、中でぼーとしている。車の振動が安い按摩器のようだ。自分の中だけで
考えるのはもうよそう。何もかもが走りすぎる、それに偏りがちだから。僕はいつまでこんな
生活を続けるつもりなんだろう。子供の時、自分の存在が見えなかった、存在だけしていた。
14歳の時、存在を求めて歩き出した。家庭の事情、社会の事情ましてや国際事情より自分の
存在を見つけるのが先。そしてある時君の中に見つけた。ず〜っとそうだと信じていた。
だけど、何度か見失いかけた。そしてそこには無かったと少しずつ思い始めた。心の中で君に
さよならって言っている。とっても空しい、とっても悲しい、とっても・・・車の窓ガラスが
曇って外が見えなくなってきた。僕の心もまた・・・車を走らせた。存在を見つける為に。

2005年 5月29日(日)
                   存在を否定されていると思って生きている人は、悲しいかなやはり他人を否定して生きている。
自分を肯定して生きている人は、他人を肯定して生きている。何も持たないことは勇気の要る
こと。何も持たずに自然に身を任せて生きることは、不自然な欲望が湧いてこない。何も持たない
で生きていると相手にされないという恐怖感が人にはある。何年か社会の中で生きていてそれが
間違いなんだと気づく。人は生まれた時から社会の中で生きていける力が与えられている。
優しさも賢さも。回りに流されず自分を失わないことが大切。

2005年 5月 4日(水)
                 この2か月は本当に目まぐるしかった。判断一つで大きく事態は変わっていく。
                最終的に判断したことが正しかったかは、これから分かることなんだろうと思う。
                時代の激流に逆流することにあこがれて生きている。そう思いながら足元はいつもふら
                ついていて、心はびくびくと怯えている。そりゃ生き方も少しはうまくなったけどね.
                でもそんなこと何にも役に立たない、本当の自分がいつも気になっているから。綺麗なガラス
                細工を見ると、その綺麗さより割れて粉々になってしまう不安のほうが先走るような生き方は
                もう止めにしたいんだ。肩の力をすーっと抜いて、心の傷の痛みも感じないくらい空っぽに
                して・・・五月の青空の下・・・新緑の輝きの下・・・
                今年こそはと思いつつ、とぼとぼと海に続く小道を降りていく。

2004年 3月 5日(土)
                 だいぶ前の話なんだけど古本屋で「信念の爆弾」という本を買って読んだんだけど、
                古本ということもあって、前に読んだ人が大切と思うところに線を引いているんだよね。
                僕もそこが気になって2,3度読み返すんだよね。やっぱり何か、心の弱いところに手が
                届いているんだよね。人は、圧倒的に自分が歩いてきた足跡を気にする人が多いような
                気がする。自分もその一人なんだよね。時々気になって振り返っては前を見る。必ず、
                良いことよりも、嫌なことを見ようとするのは情けないと思ったりするわけ。転ぶのが
                ここのところ少し怖くなっているみたい。(すごく反省)当然転ぶのが少なくなるんだ
                けど、時速60キロから時速30キロぐらいに減速した感じだね。また、あの本のように
                心をメンテナンスして時速80キロぐらいにしたい気がする。その為にもっと体を鍛え、
                神経のリラクゼーションをして、心に栄養とエネルギーを与えよう!心の中に浮かぶ、
                悪い絵をすべて取り除き、良い絵をどんどん描こう!そして、どんな時もどんな局面を
                迎えても良い絵を描き続けよう!・・・ほら、そんなこと考えているだけで心が軽くなっ
                てきて体の芯から力が湧いてくる。だけど、悩んでいるからってあの本貸してあげたんだ
                けど返ってこない、あいつもどこにいるか分からない。まぁ、あいつはあの本に時々元気
                付けられて頑張っているだろう。ん〜イイヤ!!

2004年 2月 3日(木)
 最近、自分の存在について考えている。これから、どう社会の中に存在していこうか
と。肩の力の一部が抜けてきたような気がする、回りにずいぶん気を使うようになった。
躾からやっているような人、性格がやっている人をよく見かけて羨ましく思っていた。
気を使うことは思っていても照れてしまいなかなか難しかった。自由気ままに育てられた
せいか、どうも苦手なんだよなぁ。だけどどうしちゃたんだろう、今まではみんなの
センターに近づきたかったのに、回りに気を使って後ろに後ろに行きたがる、そこが落ち
着くんだよなぁ。人ってフラットに人や物事を見ていないよね、偏見ででこぼこに見えて
いるような気がする。でもどうだろう幼いときは、フラットに見えていたはず、何の偏見
もなく、好奇心で目を輝かせていたはず。親が子供を守るために、偏見の一役をかって
いたような気がする、そしてあまりにも社会は偏見が横行している。今、僕は自分自身を
フラットに見つめようとしている。そして、社会をフラットに見つめて行きたいと思って
いる。偏見で見るのは、臆病がそうさせてしまっている気がする。ペテン師は相手をペテ
               ン師という。泥棒は何かあるとすぐ泥棒にあったという。傷つくことを怖がっているやつ
               は容易に人を傷つける。もう僕は自分から逃げない、あの幼い頃の記憶がある限りそこに
               行き着きたい。そんな風に社会の中に存在していたい。群集の最後尾にね!

2005年1月10日(日)
                 とにかく、楽しく生きることにしたよ。え、じゃ今まで楽しくなかったのかよって。いや、
                楽しいことが多かったさ、でも理屈っぽく考えていた部分も多かったような気がするんだよね。
                せっかく、年も改まったんだしさ、心機一転なんて気分になりたい気がしてね。でも続かない
                んだよね。え、三日坊主かって?いや、もうちょっともつ。とにかく、今年はいっぱい人と知り
                合いたい。ちょっと、シャイな俺が思うんだよ、2日に食べたあんこう鍋でかなり栄養がついて
                積極的になってしまっている。とにかく、人は自分が可愛くてしょうがない生き物なんだね。
                それなのに社会的動物でもあるから。それに、気難しい生き物だから宗教だ、哲学だやれ理想だ
                理性だ人間性だと問題にする。簡単に考えようぜ、あんたといると楽しいんだよ、幸せなんだよ、
                だから迷惑でなければここにいさせてくれよ。あんたが嫌なら帰るよ。そう、もうちょっとあんた
                が楽しく思えるようになったらまた来るよ。その逆もあるよね。嫌なら嫌って言えばいいのさ。
                そう、表面的なことだったりするからさ。お互いに思いやりが深くなれば、また笑顔で付き合える
                ようになれるさ。それまで、待っててね。少し嫌なことがあったからってすべてを否定することに
                問題があるような気がするんだよね。基本的に受け入れる気持ちを持っていれば済むこと。
                 それにしても、寒〜い・・・ぬくもりが恋しい季節だね・・・おやすみ

2004年12月18日(土)
                 来年というかこれから何をしたらよいかが自分なりに見えてきてちょっと張り切っ
                ちゃおうかな。以前はすごく衝動買いが多かった。それで何度も後悔をしたんだよね。
                自分でもそのときは振り返れば恐ろしいほど積極的だったんだよね。でも、女の事と
                なるとすごく消極的だったな。女性関係は周期的にやってくるんだよね。ほら、何年か
                にやってくる流れ星の軍団みたいに。最近一人でいるのがすごく寂しく感じてさ、
                部屋に帰って話し相手がいたらいいな、なんて思ったりして。でもすべて運だよね。
                 最初の話に戻して、要するに慎重になりがちだった僕がやっと、一つに決めて頑張っ
                ちゃおうかな、なんて思ってるんだよね。こんなときが一番自分の気持ちが充実して
                いるときなんだよね。こんなときは体調も良くてさ、一気に階段上っても息切れしない
                んだよね。こうなったら栄養ドリンクのお世話にならなくてよさそうだな。
                 最近何を思ったか、英会話なんぞを始めたんだよね。これも衝動的なのかな。
                福島弁と標準語の2ヶ国語が話せるんでいいかな、なんて思っていたんだけど、苦手の
                第三外国語にチャレンジしてみっぺか。マンツーマンだから逃げ道がないんだよね。
                さっぱりわからん。簡単な単語なんだけど偽者発音のJapanese English Teacher に
                長く習っているから、特別な単語に聞こえちゃうんだよね。でもこんな時でも、人間は
                生き抜く知恵が働いちゃうんだよね。以心伝心ってやつだよ。じっと、外国人の目を
                見ていたら「なあんだ、おめえはこんな事がいいたいんか」なんて分かってくるんだ
                よね。これじゃ英会話にならネ〜。それから、外国人がべらべら早口で話していて、
                さっぱり分からなくても、うなずいて分かった振りして「By the way」といって自分の
                ペースに持っていくことなんかも、あみだしちゃうんだよね。(*注意  良い子は
                絶対真似しないように英会話がいつまでたっても上達しないから、それに外国人からの
                信用も失いかねないから・・・)でも、続けてみるよ。
                 なんか、風邪っぽい、みんな寒暖が激しいから健康には気をつけてね。おやすみ。

2004年12月 7日(火)
 もう、10年位前になるけど、親父の死は本当に突然やってきた。あれほど回りから
止められていた酒を浴びるほど飲み続け、最後は心臓麻痺。何度も何度も止めるよう
言っては喧嘩した。でもあんたらしいよ、あきれて言葉も出なかった。親父の顔をなでて
みても、気持ちが現実についてこなかった。
 僕がまだ小学校に上がったばかりの頃だと思う。父が僕を連れて母親の実家に行った
ときのことだった。夕方僕に何も言わず出かけてしまった。しばらく遊んでいて、親父が
いないことに気づいた僕は、心細くなっていった。何度も回りの人に聞いたけど、すぐに
帰ってくるよ、とだけしか言ってくれない。いたたまれず坂を下って(母の実家は急な
坂道を50メートルほど登った所にあった。)少し広い砂利道に立っていた。前には木と
草に囲まれた沼があった。道の向こうをずっと見ていた。道は150メートルほど緩やか
に上がったところで空と交わっていた。道の向こうから来る人は皆、頭から少しずつ見え
てくる。頭が見えるたび、親父が帰ってきたかと、心をわくわくさせては何度も何度も
               裏切られた。少しづつ暮れかかってきた。もう道の向こうに全身が見えてもわからなく
               なってきた。母の家の人に「家で待っていろ」と何度も言われたけど、ぼくはずっと
               そこにいた。沼のどこかで、ウシガエルの鳴き声が僕を驚かせていた。怖がりの僕だけど
               不思議とぜんぜん怖くなかった。やがて親父らしいシルエットが現れて、僕に近づいて
               来た。親父だとわかるやいなや、わ〜っと大声で泣いて抱きついた。親父は僕を抱き上げて
               「悪かったな」とだけ言った。抱えられたまま坂道を登っていくときの親父のぬくもりは
               今でも忘れない。
                こうして時々思い出しては涙を流しながらキーボードを叩いている。最近、鏡に映る
               自分の顔が親父に似てきたと思っている。人は自分の魂だけでなんか生きていないんだね。

2004年12月 1日(水)
 芝生の上に仰向けになって寝転がってみたんだ。空は青くなんだか悲しそうに見えた。
心細くなってきた。命はどうやって生まれてきたんだろう。一人一人にどんなドラマを
作ってしまうのだろう。生きているときはあんなに生意気なのに、死んでいくときはまる
で蝋燭の炎みたいに頼りない。僕をあんなに虐げていたくせに何にも言わない、言って
くれない。僕をもっとののしってくれ、あんたの気が済むまで。もう一度立ち上がって
風を切って歩いてくれ。僕は今思うんだ。褒められることも罵られることも生きている
からこそ。どちらも意味がある、どちらにも理由があるどちらにも愛があると。今の僕には
あんたを抱きしめるぐらいの力があるから。僕のいないとき、あんたが僕の歌を自慢して
いたのを知っている。本気だったんだね。面と向かって優しくすることなんてたやすいこと
だね。
 意地を張っているうちにいつしか人は戻れなくなってしまっている。流行り歌を作る気は
まったくないがあんたが喜びそうな歌を作ってみたいよ。ムーディーな歌だろ。任せとけよ。
                 起き上がって歩き出したら、体にへばりついていた葉っぱが緩やかに落ちてった。

2004年11月24日(水)
                 人を信じるとはどうゆうことなんだろうか?また、人には信じる力が本当にあるの
                だろうか?信じることと裏切られることは、いつも背中合わせ。ある男がやっと心を
                開いて話し始めた。淡々と、そして切々と。僕は話の内容よりも話してくれている
                この男に心を打たれた。そして自分の気持ちも引き締まった。
                 人には、人を許す力があるんだろうか?人を信じることより、はるかに難しい気が
                する。でも、許すこころの大きさのために、毎日がんばって生きている気がする。
                 あ〜あ、ところでお前は俺をこんな目に合わせても、「りんご食べる?」なんて
                明るく話しかけてくる。こら〜俺はまだ許してね〜ぞ、ば〜か・・・あ〜あ勝手にしろ

2004年11月18日(木)
                 過去って簡単に捨てられるものなのだろうか?過去と現在と未来の関係って、平等
                なんだろうか?過去を捨てて未来は考えることができるのだろうか?その間にある
                現在って何だろうか?その中で現在だけ手が届く、現在だけが過去と未来をつなぐこと
                ができる。過去をどう捕らえるかによって、未来の設定も変わる。未来に夢を置く
                前に、過去の解釈が大切になってくる。人は臆病な生き物。だから、過去の成功よりも
                失敗に支配されがち。もし、積極的で建設的で啓蒙された現在があれば過去と未来も
                大きく解釈が変わるはず。要するに現在の自分をどれだけ高められているかによって
                すべてが決まる。すべての過去よ、ありがとう。そして未来よ、よろしく!おまえの
                ところにできるだけの自分で現れるから。そう、今から精一杯考えられるすべての
                自分で。

2004年11月 8日(月)
                 最近心に余裕が発生している。昔から一定にしか時間が流れていないのに早く感じたり、
                遅く感じたりするのは心の中の状態による。生き方がより能動的だと時間が早く感じ、
                受動的だと遅く感じる。時間の使い方が上手な人は、本当の賢者なのだろう。部屋に贅沢な
                ものを散りばめたりするよりは、時間に贅沢を施した方がいいのかも。時間の流れを
                オペレイトできるのは素敵なことだね。自分なりの最高の生き方、心の表現(時間・空間の
                超越)/現実の達観(自己超越)/人間社会への埋没(自己存在の認識)なのかな?
                 未来の自分をどう決めるか・・・まずそこからいつも人生が始まる・・・
                分かっているんだけど・・・あ〜あ迷っている間にも貴重な時間は流れていく・・・
                 最初に戻って最近の心の余裕は自分に対する開き直りかも・・・

2004年11月 7日(日)
                 世の中には振るもの振られるもの、好きになるもの好かれるものがいる。それはただ一人
                一人の感性の問題でそれ以外に何も無い。その間にプライドを挟むやつは最低、いや、あり
                えない。そして別れはお互いの人生の流れの価値観の推移に過ぎない。傷を癒す時間が
                二人の大切な処方箋。要するに好きになることが一番大切なこと。消極的に考えるやつは
                人生の50%を失っている。好きになることさ純粋に、それはあなたが生きてる証なの
                だから。別れて文句を言うやつは自分を愛していただけ、本気で好きになっていたなら別れ
                ても相手の幸せを望むはず。
                 好かれて相手に甘えていたら、すごく好きになってしまった、抱きしめようとしたら
                彼女は別の人に気持ちが奪われそっぽを向いてしまった。すべて自然なこと、それが男と
                女の世界なのかも、だから共に好きになっている時に見る月の艶やかさは格別なのさ。
                恋愛は生き物、当然賞味期限があるのさなんてね・・・もう寝なさい。は〜い・・・

2004年9月18日(土)
                 人はいや脳を持つ生き物は脳みそに支配されて生きている。質が上がれば命令の質も上
                がる。肉体も精神も狂っているのは、命令する中枢が狂っているのだ。肉体と精神のバラン
                スは、肉体<精神のような気がする。善も悪も50%づつ存在している。肉体を鍛え精神を
                鍛え、善を選ぶ力を養っていくことなんだろうね。教養はそのエネルギーかな?そして人は
                目標を決めることのできる唯一の動物。目標の無い、夢のない人は、人として存在している
                財産の90%を失っているような気がする。死を選んでしまう人は、人の負の財産をあまり
                にも抱えてしまったんだろう。人間として最高の存在は、肉体も精神も教養を身に付けつつ
                鍛えて人の幸せを思い、そこに生きている意味を見出していることなんだろうね。
                 あ〜あ 今日の俺どうしちゃったんだろう・・・

2004年9月17日(金)
                 誰でも自分は正しいんだと思って生きている。たとえ悪いことをしていても、その理由を
                他人に押し付けたり、社会のせいにしたりして。たまらないのは、何もしていなくても
                あたかもそうであるかのような理屈をつけられて、悪者扱いにされてしまっている時だ。
                そうゆうことをしているやつに限って、正義面をして口が達者なんだな。歯をくいしばって
                自分を信じて生きていなさいなんて、あんたにに言われりゃそうもするさ。しかしどうだい
                どんどん状況は厳しくなるばかりじゃないか。あのオオバカやろうが言ってた。「口八丁で
                ここまで来れたんだから、あと手八丁ならもっと上に行けるな。」って、おまえは死ね!

2004年9月10日(金)
                 猛暑はどこへいってしまったのだろう。台風の上陸で甚大な被害が出てしまった。
                津軽のりんごは早摘みで半値で売りに出される。今年はいつもよりりんごを食うぞ!
                暑い夏が続き、米は豊作。今年は取れすぎで値段対策。
                 どうしてる、足の悪いあの犬は?尻尾を懸命に振っては3本の足で体を宙に浮かせてやっ
                てくる人懐こいあの犬は?人に思いっきり蹴られて傷めたって聞いたけど。あの時両手で
                犬の胴を抱きしめて頭に頬を何度もすりつけて、「俺もおまえのようになりたい。」って
                本気で思ったんだ。
                 台風の後の青い空・・・何の慰めにもならねぇぜ。

2004年8月 8日(日)
 歌詞を書くのにプチ旅行をする。今度の歌の歌詞はとっても苦労した。みんなで歌っ
て元気になれたらいいなぁと思って・・・その上含蓄のある言葉を詰めようと頑張って
みた。自分なりに、満足できるのが書けたと思っている。書けたら大好きな海釣りに行
こうと決めていた。明日はワラサ釣りに行こうと思っている。頭の中はすでに大きな鰤
に、なってしまっている。おお〜波よ静まれ!

2004年7月25日(日)
 三つ子の魂百までも!こんな事を言った奴は罪な奴。人を馬鹿にしているぜ!自分を
変える力は人にはあるはず。自分を変えられない奴は情けないぜ!社会の腐敗が気にな
るって、社会が腐敗してない時代って何時なのか教えてくれよ。少年犯罪が多くなったと嘆く
大人達よ、そんな社会にした責任は、おまえ達にもあるんだよ。子供達は、運命も環境も選
べないじゃないか!正直なもんよ。子供達が大人になって幸せになれる社会を考えようぜ。
 あなたのために歌うよ!心を込めて!・・・あなたのために歌を作るよ!少しでも心が
和むように!・・・弦はちょっと錆付いているけど、声はちょっとかすれているけど、魂を
込めて歌うよ!それぐらいしか俺にはできないけど、あんたが好きなんだよ、あんたがさ!
あんたの笑顔があれば俺もなんとか・・・

2004年7月4日(日)
                 下からばかり見てないで、たまには上から見てご覧よ。雲はあたりまえに浮かんでいて、
                人の住んでいる気配もまるで聞こえてこないし、車の音もぜんぜん聞こえてこない。どんな
                ことがあってもここだけは何にも変わらない。そばでおまえはおにぎりを食べている、
                烏龍茶を飲みながら。当たり前の風景がここではすごく涙ぐましい。歌だって上手く聞こえ
                てしまう。木に寄りかかれば鼓動が聞こえる。「まったく私の言う事なんか聴いていないん
                だから」何て言っていたおまえはすこぶる機嫌がいい。変わらないものが恋しく思えてくる
                のは、生きていることに疲れてしまっているか、行き詰まっているか、新しいことに金縛り
                にあっているかだ。認めてしまおう自分の臆病さを。明日もし生きていたら、手ぶらでここ
                を発つつもり。部屋の片隅に生きていた証として、温もりを残して。生きてきた時間は梅雨
                空に溶け込ませ・・・う〜眠れない夜・・・遊びに来ておくれ、そしてとり止めもない遠い
                記憶の話をしておくれ・・・

2004年7月3日(土)
                 何か初めての局面にぶつかった時、どれだけの強さとどれだけの許容量があるのかが試さ
                される。それと、どれだけ自分を啓発できるかが試される。外は梅雨が明けていないのに、
                青空と湿気の少ない風が吹いている。湿った心を今日はさらしたい気分だ。去年から試練の
                時は続く。明るい自分を保ちつつも誰かにすがりたい気分だ。今まで生きてきて、最低の日
                が続く。何かが見えてくる前兆なのか?それとも歯車がどこかで狂ってしまったのか?
                それとも・・・きっと・・・きっと・・・そうきっと・・・今日一日何にもしないで自分を
                見つめてみよう。そしてきっと・・・

2004年5月29日(土)
 視野の広さが気になる。いや、気にしていきたい。ともすると流されてしまいがちだから。
もっと遠くに、もっと大きくもっと大胆にもっとcreativeに。こんな事を考えるのは世の中が
あまりに最近つまらなくなってしまっているように感じてしまっているからなのかな。それと、人間と
いう生き物の裏も表も見えてきたからなのかな。大都会と田舎の暮らしのブレンドがこれからの生活
のかたちになっていきそうな気がする。それぞれの良さをうまく自分の中でアレンジしながら・・・
 生活は追われてしまっていれば、何かが狂っている証拠。我田引水的な考えさえなければ生活は
作れるはず。また、自分を見失ってさえいなければ生活は自然に成り立ってくるはず。まず、土を
耕しそこに種を植えてみること。必ず芽を出しあなたの生きがいや喜びが育っていくはず。
なぁ〜んて自分に言い聞かせてみたりして。
 店の名前の「シルクロード」は(幾多の危険を顧みず、夢を叶えようと何百キロもの道を旅した人
たちの勇気に感動し付けた名前・・・音楽を志した日から知らずにシルクロードの道を歩いている)
そんな意味がこめられている。みんなおいでシルクロードに!!

2004年5月25日(火)
蛍が繁殖するような場所を回ってみたら、そこは豊かな自然が広がっていた。綺麗な水、
そしてコンクリートの殺風景な川ではなく自然が作ったありのままの川。その周辺には
とっても心豊かな人たちがのんびりと暮らしている。そこから幼い頃の暮らしが見えてきた。
母も父も祖母も兄弟も、あの頃のままはっきりと蘇ってきた。蛍という歌を歌ってみた。
小鳥達のさえずりと小川の音がからまりそして風景に溶け込んで、いつもより歌が命をもって
響いて自分の鼓膜を振るわせた。憩いの休憩所では、村の人たちが楽しそうに談笑していた。
お茶とお茶菓子を差し出してくれて温かく迎えてくれた。僕の心は、無の世界に少しづつ
引きずり込まれて行く。山崎福太郎さん、色々気を使ってくれてありがとうございます。
また、相田みつをさんの本をいただきありがとうございます。大事にさせていただきます。
                   蛍が取り持つ人間模様・・・・・

2004年5月13日(木)
                 なんでも自分でしようとするのはチャンスを数多く失ってしまうことになるみたいだ。
                自分の向いていることや、やりたいことを集中していかにやるかということなのだろう。
                何となく見えてきた、今自分に欠けている部分が。できるかどうか分からないけど大きく考え方を
                変えて大胆にチャレンジしていくつもり!(僕なりの大きさで)


                 傾斜45度の道

                おまえどうしてそんなに腹減ってばかりいるんだよ
                おまえどうしてそんなに足に力を入れて走るんだよ
                おまえどうして危険なことばかりするんだよ
                おまえまだ歩くのかさっき山をやっと越えたばかりじゃないか

                おまえはいつも自分に怒っていた
                おまえはいつも前を見ていた
                おまえはいつも輝いていた

                道はいつも一本だったのに
                心に穴が空いたとたん、心の中を風が突き抜けたとたん
                道が増えだし、くねくねと曲がりおまけにぼんやりとしてきた

                おまえははじめて振り返った。
                おまえはやっと自分やら他人やら生きているってことを思い出した
                あの頃の自分を・・・


2004年5月11日(火)
                 ギターを修理に出した。それとスモークして水分を吸わなくしてくれるらしい。当然、木の振動も
                よくなる。10日ほどかかるそうだがとっても楽しみにしている。ギターはギブソン、板はメイプル。
                店のご主人がとても誠実でギターに明るい。アコースティックは繊細なので信用できるクラフトに
                出会うことがすごく大切。スモークされたギターはやはり音の深みが違っていた。
                 今度、ホームページにギターコーナーを設けるつもり。衝動買いで買ったギター、欲しくて欲しくて
                やっと買ったギター・・・ちなみに学生の時、死ぬ思いで買ったギルドのギターはギタリスト、
                Mr.平倉のところで活躍している。貸しっぱなし!!Mr.平倉はかなり気に入ってしまって、
                自分のギターの本の表紙に載せてしまったみたい。僕はそれをまだ確認していない。
                幸せなギルド、おまえ出世したな。

2004年5月10日(月)
                 歌えぬ日々が続くとさすがに気が滅入ってきてしまう。おまけにどんよりとした天気。
                あ〜あいやんなっちゃうなぁ〜。毎日ベランダに米粒を撒いていたらすずめが遊びに来て
                くれるようになった。少しづつ数も増えて五羽ぐらいになった。最初警戒が強かったけど
                だいぶずうずうしくなってきた。とってもかわいい。目と目が合っても逃げなくなった。
                でも話し掛けると逃げてしまう。そのうち東北弁を教え込もうと、思っている。
                 そろそろ心の中だけでも鼻歌を歌いながらの〜んびり旅に出よ〜っと。あれこれ考えたって、
                悪い方にしか進まないから。

2004年5月6日(木)
なかなか進まない毎日。いらいらする時もあるけど、こんな時にしか気づかないこともある。
これからの自分についてゆっくり考えてみたり、今何をすることが大切なのか、あの時の自分は、何が
足りなかったのか。おごった部分を捨て去りもう一度心をリセット。田舎に住みたいって気持ちが、
日増しに強くなっていく。羽田から飛行機に乗り、だいたい3時間もあれば日本はどこでも行けそう。
いよいよ芭蕉の言っていた「人生は旅」が始まりそう。どんなときも社会の底辺から上を見て生きてきた。
そうすることが自分を安心させ、大胆にもさせてきた。真実の流れる川が、ぼんやりと地平線の向こうに
見えるような気がした。すぐ信じてしまう性格が、人の白黒をはっきりさせてしまい、口を挟んでは敵も
たくさん作ってしまった時期もあったなぁ〜。今は気持ちに余裕もできたし諦めもついたから人の優しさ
や自然の暖かさにくるまって、のんびり生きていくつもり。





azumashuru@kke.biglobe.ne.jp